ひとり旅

旅行二日目は大垣から墨俣の戦国体感旅行

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さらば岐阜

さて、旅行二日目です。昨日のウロウロ日記はこちら。

関ヶ原、岐阜の歴史ぶらり旅

この記事がとんでもない時間までかかってしまったので(やめときゃいいのに)ややスロースタート。

本当にいいホテルでした。朝から温泉入ってほんと気持ちよかった。朝から熱いお風呂に長時間浸かったりすると湯あたりすることもあるんですけど、ここの温泉は適度にぬるいので大丈夫。

さて、どこに行こうかいろいろ考えたんですけど岐阜より遠ざかると疲れるので^^大垣に寄ることにしました。大垣もまた関が原の合戦のときに重要な拠点になったところ。

大垣へ

歩き回りたいのでキャスターバッグが邪魔だしコインロッカーに預けようと思ったんですが、大垣駅のコインロッカーはものすごく少なくてすべて借りられていました。

駅にある観光案内所で「他にロッカーはありませんか?」と聞くと、すぐ近くに手荷物預かりをしてもらえる所があると教えてもらいそのお店へ。夕方5時までしか預かれない(たぶんお店を閉めてしまわれるのでは)そうなのですが、300円で預かってもらえることに。これはめちゃくちゃ助かりました。

荷物も軽くなったので大垣駅から大垣城へ向かってぶらぶら。歩いて10分もかからないくらいで大垣城に到着です。

なんかこの旅行はお城めぐりのようになってしまいましたが、お城にまつわる歴史が本当に面白くて癒やされる^^そしてお城は美しい。

関ヶ原の合戦のときには石田三成が本拠地としたほどの要所、このお城の中は資料館になっているんですが西軍ひいきっぷりがすごくて笑ってしまいました。まるで徳川が悪者のような(スッキリ)。関ヶ原の合戦が終わって徳川の世の中になると戦略的拠点ではなくなり1635年に戸田氏が藩主となってからは戸田大垣藩と呼ばれ明治時代まで治めたとのこと。

お城に登ると遠くには岐阜城。岐阜城はとても目立ちますね。マニュライフ生命の看板の右側遠くに見えてるのが岐阜城。昨日夜景を見に登ったところですよ。

なんだか遠い昔ここに来たことがあるような気がするんですがどうも思い出にロックが掛かるのか思い出せないやつです。

関ヶ原以降戸田氏が治めるまでは歴代徳川家の要職が城主を勤めたのはやはり近江、京に進むための重要拠点だったからなんでしょうね。影でちょっと見にくくてすみません。

この戸田氏の資料館(大垣市郷土館)がすぐ近くにあるとのことだったのでそちらにも行くことに。大垣では戸田氏というのは自慢のお殿様のようです。

この方が大垣藩で最初のお殿様になったの戸田氏鉄(うじかね)さん。この方を藩祖として235年大垣を治めたんだからそりゃすごいか。

で、大垣市郷土館に到着。本当に近くて5分もかからないくらい。

ここで戸田氏についていろいろ学べるのですが、徳川家の家臣だった戸田氏鉄の父戸田一西さんは私の家からけっこう近い滋賀県の膳所城を作った人。膳所藩主として家督を継いだ氏鉄さんが関ヶ原で功績を作り初代膳所城主3万石、そこから摂津尼崎5万石、大垣で10万石と立身出世したそうです。そりゃ自慢の殿様にもなりますね。あやかりたいあやかりたい。

ここ大垣は水の都とも言われるそうで、水資源が豊富、いろんなところに井戸があるそうです。これは大垣市郷土館の中にあった井戸。竹から出ている水は飲めるそうだったので一口いただきましたが水の味がしました(ごめんなさいよくわからなくて)

松尾芭蕉が「奥の細道」で東北へ5ヶ月ほど旅に出た終焉の地もここ大垣で、奥の細道むすびの地記念館というのも立てられていて資料があるそうなのですが、今回は戦国時代を楽しむ旅ということでまたの機会に。我が家から大垣は結構近いし是非また来ようと思っているので。

郷土館を出たところでお昼ご飯の時間、大垣というのは水が綺麗ということはさぞやうなぎが美味しいのだろうとうなぎ屋さんを検索するとすぐ近くに有名なお店が!小走りでお店に向かったんですが!

こちらのお店「川貞本店」さんはお持ち帰り専門だそうで、食事はできないそうです。川貞 東前店さんは食事ができるのですが歩いていくには遠すぎて断念。

次回行くためのメモということで。この後は大垣をちょっと離れて墨俣に行くことにしました。

墨俣の一夜城

墨俣の一夜城というのは、豊臣秀吉が木下藤吉郎と呼ばれていた頃の立身出世物語に出てくるお城です。

尾張(今の愛知)から美濃(岐阜)を攻略したい信長はその攻略の拠点を墨俣に作ろうとして重臣に城造りを命令するのですがことごとく失敗、それをみた木下藤吉郎が「ほな私が」と蜂須賀小六や稲田大炊助といった地元の豪族を巻き込んで川から丸太を流してプレハブ工法のような一夜城を作った、その功績が認められて墨俣城の初代城主になったなんていう話。

まぁ実はすでにお城がそこにあったんだ、とか佐々成政が作りかけた土台に秀吉が掘っ立て小屋を作ったんだとか諸説ありますがそういうのはまぁいいじゃないですか。

大垣駅からバスに乗り約30分ほど、墨俣に到着します。墨俣はその後宿場町として栄えたようです。

細い道に古い町並みが並んでいてなかなか風情なのですが、現代の家などが混ざっていて個人情報的に困ったので載せないでおくやつです。

そういえば墨俣に到着してもまだご飯を食べていなかったのでお腹空いたなぁと思いながら歩いていると・・・・あっ!!!

なんとうなぎ屋さんを発見、終了間際でお客さんが全然いないのに大将さん「昼膳でいいかな」と気持ちよく作ってくれました。銀月さん。

鰻が乗ったご飯にお吸い物、がんもどきなどいろいろ載せた定食がたったの1000円、おいしかったごちそうさまでした!

お店からお城まではもう少し、お腹いっぱいでフラフラと歩きますよ。

入り口にある橋の灯籠にピントを合わせてふんわりと映る一夜城。風情があっていいじゃないですか。こういう写真好き。iPhoneではどうしても全体がしっかり写っちゃうから。

威風堂々としたきれいなお城なんですが、どう考えても一夜城は掘っ立て小屋に毛が生えたようなもののはず、天守閣はないでしょさすがに。

中を戦国時代の資料館にしてあってゆるりと回りながら上に登っていくと天守閣から景色がよく見えるのがお城あるあるです。ここもそんな感じ、ただし入り口で靴を脱がされてスリッパをパカパカしながら歩くことになるので、階段を上り下りするときなどは転ばないように気をつけてください!

やはりここからも当然ながら岐阜城が見えます。だってあそこにあったお城(当時は稲葉山城)を攻略するために墨俣に城を作ったのですから。

ところで脱線するんですが、豊臣秀吉についての本で面白いのは司馬遼太郎の「新史 太閤記」(上、下)の2冊セット。単行本があるのでぜひ探してみて。

司馬遼太郎らしくドラマチックで面白い。ところが浅井朝倉が寝返ったときの退却戦で秀吉が殿(しんがり)を申し出る場面は本当に感動します。というか本当に読んでみて。

木下藤吉郎から羽柴秀吉、豊臣秀吉というサクセスストーリーを追いかける旅もまた面白いのです。次は真田家を追いかけながら巡る旅というのもしてみたいのですが。甲斐、信濃あたりの旅ですね。

一夜城の中の資料を見ながら散策するといつの間にやら16時、手荷物を預けてるところが17時までなのでそろそろ帰らなくては。

当時は川が複雑に絡み合った築城には難しい場所だったんでしょうね。信長の美濃攻略が終わったころには水害で流されて廃城になってしまったそうです。

旅の終わりに

その後大垣駅まで戻った私は電車にのり家に帰りました。ちょっとしたおみやげと共に。

温泉でゆっくりして帰るだけのつもりが歴史をじっくり味わうような旅にできてよかった。実は大垣、関ヶ原、岐阜は距離にしても近くロードバイクで走ればもっとたくさんの史跡などを巡ることができるかもしれません。首のヘルニアを治したら自転車でこのあたりの史跡巡りもできるようになりたいです。

親切なホテルのフロントの方や観光案内所の方、快くお昼ご飯を作ってくれた銀月の大将や丁寧に運転をしてくださるバスの運転手さんなどたくさんの人に出会う旅行でもありました。ひとり旅ではあったのですがたくさんの方に感謝です。

こんな形で記事にすることで、もしかしたら「じゃあ行ってみようかな」と思う方が一人でも増えると嬉しいです。ここには書ききれないくらいの魅力が沢山ある街々でした。

 

 

 

 

 

 

 

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