除夜の鐘を鳴らす意味、煩悩が消えるとはどういうことかをまとめました

大晦日に除夜の鐘を鳴らすことは煩悩を消していくこと

世知辛い世の中というかなんというか。

除夜の鐘 札幌でも苦情で中止 – Yahoo!ニュース

荒木道宗住職(47)は「数年前から数十件、匿名の苦情が届いていた。継続を望む声も同じくらいあったがやむを得ない」と話す。

なんと除夜の鐘を「うるさい」とお寺に苦情がくるのだとか。

まぁ選挙のときの応援の車などは普段の生活の中でうるさいなと思うこともありますが、年に一度の除夜の鐘もうるさいと感じるようになったとは。

私が年をとったのか、今どきの方の年末感が薄れてきたのか・・・難しいものですね。

そんな方にこの記事が届くと嬉しいです。「あのうるさい除夜の鐘はいったいなぜ鳴らすのか」についてです。ちょっと耳にしたことがあるかもしれません。煩悩の数が108個あって、それを一つ一つ鐘の音で消していくのだ、と。

でも僕には108個も煩悩なんてないんですよ(笑)

お金持ちになりたい、大金をゲットしたい、道端で金の塊を拾いたい、知らないおじいさんから「キミにワシの全財産を相続して欲しい」と言われてみたい等々位しか。

さて、このあとのことには諸説ありますので「これが絶対」というわけではありません。でもこれが一番それっぽいということでご理解いただけると幸いです。

もちろん特定の宗教を押し付けるものでもありません。日本の行事として有名なものの一つとして記事として読んでいただければ幸いです。

そもそも煩悩ってなんなのでしょう

煩悩とは人間にまとわりつく欲望や怒りや妬みなどのことで、死ぬまで自分にまとわりつくものだとあります。でもそれは自分から発生して自分自身を苦しめるものです。

だって「ああしたいこうしたい」は自分が思うことだし、「あいつムカつく」「あいつばっかりPV稼ぎやがって」というのも自分が思うことですから(笑)結局自分を苦しめているのは自分なんだ、ということなんですよね。

その煩悩というのは分類するとどうやら108個に分かれていて、六根と六塵(ろっこんとろくじん)がそれぞれ3種類に分かれていて、それらがまた3つに別れることで108になるという・・・

それでは全然わからないですよね。もう少し説明します。

煩悩を108個にわけてみましょう

まず、六根と六塵のうち六根。

数字の六に根っこの根でろっこん。六根とは人間の感覚や意識を生み出す6つの部位です。眼・耳・鼻・舌・身・意になります。

眼耳鼻舌はそのままですが、身は触覚を、意は意識を現します。般若心経を知ってる人は「ん?聞いたことがあるような」となるかもしれません。無眼鼻舌身意「むーげんにーびーぜっーしんーにー」そのものです。

さて、その感覚や意識を生み出す6つから煩悩が生まれるのですが、その煩悩にはさらに3つ、好、悪、平(よい、わるい、どちらでもない)にわかれます。つまり煩悩にはよい煩悩、悪い煩悩、普通の煩悩があるということですね。

眼から生まれる煩悩はよい、わるい、ふつうの3つ、耳から出る煩悩もよい、わるい、ふつうの3つ、という感じです。なので6つの部位から各3つ出てくるのです。

六根 × 3(好悪平)=18個の煩悩がここから出てきました。

つぎは六塵です

これは外からやってきて人間の心を惑わせるもののことです。色・声・香・味・触・法の6つです。

これも般若心経に出てきますね。無色声香味触法「むーしきしょうこうみーそくほうー」ですね。

これも漢字そのままで「目に見えるもの、音で聞こえるもの、匂いで嗅ぐもの、舌で味わうもの、触って確かめるもの、頭で考えるもの」の6つ。これは分かる人が多いかも。綺麗なお姉さんを見て、声を聞いて、香水の匂い、そして・・・ほら、かっこいい男性でもありそうですよ。

この人を惑わせる六塵にもさっきの「好悪平(よい、わるい、ふつう)」のようなものが3つあります。「苦、楽、捨」(く、らく、じゃ)の3つです。そう、人を惑わせるものは良いことばかりでもないんですよね。イヤな声やまずい料理、雑音や雑念なども人を惑わせます。そこで先ほどのような計算式ができあがります。

六塵 × 3(苦、楽、捨)=18個の煩悩が生まれます。

六根と六塵で18+18=36個の煩悩ができました。

そしてその36個の煩悩にはさらに三世(さんぜ)というものが加えられます。なんか仏教用語っぽくて素敵です(笑)

三世とは過去、現在、未来の時間軸です。36個の分けられた煩悩には過去現在未来があるので36×3=108となり「煩悩は108個あるんだ」となるわけです。

除夜の鐘で一つ一つの煩悩が消えていく

一年を通して人間の身についた煩悩のいろいろ。これを大晦日に除夜の鐘を聞くことで一つ一つ消えていきます。

「ゆく年くる年」で紅白歌合戦で盛り上がった後にいきなり「ごーん」と雰囲気が変わってビクッととするあれです。寺院の宗派などによって年をまたいで鳴らしたり、年内に必ず終わったり、最後の1回だけ0時を過ぎてから打ったりするようです。

まあ数えたことは無いんですけどね。

こうして一年を通して自分から様々な煩悩が生まれ、除夜の鐘を聞きながら煩悩が消えていくことを自覚し綺麗な心で新年をむかえるというのはいいことなのではないかなと思うのですがいかがでしょうか。