滑舌の悪さって面白いですか?
月曜から夜ふかしは僕もリアルで見ているし、子供たちも録画してまで見ている番組、日曜日の午後から再放送をやってたりもしますよね。
そんな番組の中で「フェフ姉さん」とやらが人気になっています。もしかして知らない人がいるかもしれないので説明すると、滑舌が悪くてきちんと発音ができないことがあり、それが笑いを誘うというもの。
例えば
「フェスに行ってきた」→「フェフに行ってきた」
(【ス】が発音できず【フ】になってしまう)
「アスパラガス」→「アスパラガフ」、「いちぢく」→「いつづく」
「す」が特に不得意なようで、番組もしきりに「ス」の付く単語を並べさせ、ことごとく「フ」になるのを字幕スーパーで紹介しています。
それを面白いという人は多いようです。本人は真面目に発音しようとしている、でも出てくる言葉はことごとく「フ」になってるという違和感というか。そしてこのフェフ姉さん自身もそれほどその滑舌の悪さにネガティブになっているわけではなく、
私は子供の頃から、キャラもありますが滑舌を、全面的に長所としチャームポイントとして生きてきました😊
ものの見方で人生はいくらでも変わる。まさにこれデフな😊
でも23年間親にはいつも感謝でいっぱいです😊チチハハ、アイラボー! pic.twitter.com/Ax8YMvsk2d
— フェフ姉さん… (@Aotan5444) 2016年7月5日
こういう考え方ができる方のようなので、それはそれでいいんです。その滑舌の悪さを活かして今はテレビやイベントなどでも引っ張りだこの人気だそうですし。そういえば少し前にも諸見里大介さんという滑舌の悪さで人気?の出た芸人さんがいましたっけ。
でもね。世の中ってそういう考え方ができる人ばっかりじゃないんですよね。
[ads]
「たちつてと」と僕
僕は発音する「たちつてと」「さしすせそ」が苦手です。特に「ち」と「つ」、「し」と「す」。子供の頃にはっきり発音出来なかったのを笑われたのは今でも覚えてますから。成長するにしたがってアゴや口の周りの筋肉が発達してきたのか、少しづつ普通に発音ができるようにはなったんですが、突然「ち」と「つ」が苦手だったことを思い出すと急につかえたりします。
一番困ったのが社名。おもいっきり「ち」から始まる会社に入ったことがあって、普段はなんともないんですけど「あれ、【ち】ってちゃんと発音できるかな」って考えたりしたら途端に噛んでしまったりしました。「ち」が「てぃ」になったり、早く言い終わってごまかそうとしたり。
こっちから掛けるときは心の整理ができてるんですけど、かかってくる電話っていきなりじゃないですか(笑)あれ苦手だったなぁ。
芸人の諸見里さんが出てきて「聞き取れないよ」って笑いを取ってるのを見ても「ああ滑舌が悪いのを武器にできるってすごいなぁ」と思う反面、「滑舌が悪いことを笑う風潮ってなんか嫌だな」って思ったりして。
滑舌が悪いのが面白い、わけではない
諸見里さんもそう、フェフ姉さんもそう、彼らは「キャラクター」が面白いわけであって、「滑舌の悪さを笑う風潮」というのは作ってほしくないんですよ。
大学の時に英語を習った先生がいるんですが、その先生がなぜ英語を勉強しようという気になったかというと「日本語だと吃音がでるんだけど、英語ならでなかった」から。その先生は小さいころからずっと吃音で笑われてたらしいんですが、英語の教科書を読んだ時に吃音が出ないことに気づいて「ああ、これなら笑われずに済む」って。
それで一生懸命英語の勉強をしたら英語の先生になってしまったそうな。で、その先生の授業を受けてても吃音なんて全然気が付かないので聞いてみたら「英語を勉強しているうちに【吃音の自分】というものをだんだん忘れていった」っていうんです。
子供って変なところで純粋というか、「自分と違うもの」をすごく見下したり笑ったりしてしまう時があったりするんですよね。僕の「たちつてと」のように。これがテレビを見たとき同じように「滑舌が悪い=面白い」ってなるのはちょっと残念だなと思います。
[ads]
いろんな人がいるから誰が正しいわけじゃない
個性というものを活かすことが出来る人もいればハンデに思う人もいる。面白いと思う人もいれば不謹慎だと思う人もいる。そうやっていろんな人の自分とは違う考え方があるから世の中は面白いんだとは思うけど、「そこでわざわざ笑いを取らなくても良いんじゃない?」ということが最近テレビでちょっと目につくような気がするんだけど気のせいかな。気のせいか歳のせいか…。